【英語力ゼロ!】どん底からはじまった英語の勉強



今回は、現在外国人患者さんのケアを中心に活動している私が、英語に興味を持ったきっかけ、英語力ゼロから勉強を始めるまでの道のりをお話しさせてください。

英語に興味を持ったきっかけ

私が英語に初めて触れたのは、中学生の時です。

帰国子女やインターナショナルスクールに通う人たちのように、幼少期から英語に触れていたわけではありませんでした。

私にとって、中学校の英語の授業は、他の教科では味わえないような新鮮さがありました。

JICAの一員としてパプアニューギニアに赴任していた先生の体験談は、英語ができると世界とつながることができるんだ、と感じさせてくれました。

月替わりの歌で、”We are the world.” を聞いた時、人種を超えて世界が一つになる感覚に、心が震えたことをよく覚えています。

クラスのみんなの前でスピーチをする時、”Hello.” を 「hélou」と発音したら、「へロー。へロー。」とバカにされました。

みんなの中で、”Hello.” は「ハロー」、日本人のカタカナ英語。

それっぽく発音する発音することが恥ずかしいだけなんだよね。それってダサくない?と思いました。

挙げればキリがないのですが、とにかく英語の授業でのできごとは、あれこれ鮮明に覚えています。

医科大学の看護学部へ、そして助産師に

私の祖母は、助産師です。

曽祖母も助産師だったそう。

祖母は私の母の分娩を介助、私は祖母に取り上げられてこの世界に降り立ちました。

小さなクリニックで師長をしていた祖母は、昼夜問わず全てのお産に駆けつけます。

たくさんの人に必要とされ、パワフルに仕事をする祖母の姿が輝いて見えました。

祖母と一緒に出かけると、祖母に赤ちゃんを取り上げてもらったというママがよく声をかけてくれていました。

祖母が全員のことを覚えていたかは定かではありませんが、とても誇らしげな様子でした。

そんな祖母の姿を近くで見ていた私にとって、将来の目標を決めることは、難しいことではありませんでした。

医科大学の看護学部へ進み、助産学を専攻、必死で勉強する日々でした。

その頃、英語のことなんてすっかり忘れていました。

ワーキングホリデーとの出会い

大学3年生の夏休み、友人がトルコ旅行に行かないかと声をかけてくれました。

海外旅行好き、おもしろそう、一緒に行く!と決めました。

約10日間で主要な観光地を回るツアーでした。

大学生からおじいちゃん・おばあちゃんまで、個性豊かなメンバーとほとんど毎日一緒に過ごす、愉快な旅でした。

その中で、ツアーメンバーの一人が、現地の人ときれいな英語で話をしていました。

かっこいい! どうして英語をそんなに話せるのかと聞くと、カナダに1年間ワーキングホリデーに行っていたとのこと。

「ワーキングホリデー・・・」

話を聞くと、海外で働きながら滞在できる制度で、英語の勉強もできてしまうと。

なんと素晴らしい制度!いいことだらけ!

旅の中で、ボスポラス海峡を船で渡りながら、”We are the world.” が私の頭の中に流れてきました。

中学校の英語で歌ったあの “We are the world.”が、エンドレスリピート。

そうそう、私、英語が好きだったんだ!

その旅の中で、私はワーキングホリデーに行くことを決めていました。

帰国して色々調べました。

どこに行こうかな。物価は、治安は、天気は・・・。

いくつかの国と都市を比較し、青空と海が輝く都会的なシドニーにしよう!と決めました。

調べる中で、看護師さんや助産師さんで、ワーキングホリデーに行く人ってかなり多いということも知りました。

ある程度収入があって精神的にも自立している方が多いですし、何より帰国後の就職先が簡単に見つかります。

ただそのためには、助産師としてある程度の経験を積んで、一人前になっておかなければ。

そうして、3年働いたら、シドニーにワーキングホリデーに行くことにしたのです。

英語力ゼロ!どん底からのスタート

看護学部卒業と同時に、看護師・保健師・助産師の資格をいただくことができました。

就職して3年間でとにかく一人前にならなければ! 助産師一人前=お産介助!と思っていた私は、3年ぴったり働いて退職しました。

あの時の私に言いたい。

お産介助は、助産師の仕事のほんのほんの一部だよ。

14年目の今でも、助産師の仕事の幅と奥深さを知れば知るほど、一人前には程遠いと感じるし、これから先もそうだろうな。日々勉強。

3年間で一人前になった(と思っていた)私は、意気揚々とシドニーに飛び立ちました。

まったくもって英語の勉強をしないまま。

よく勉強していないと言いながら実はしている人っていますが、私の場合本当に何一つ勉強せず。

恥ずかしながら、英語が好き!だけでなんとかなると思っていたのでした。

期待に胸を膨らませながら、シドニーの空港に到着。

空港の中にポツンと一人。 ん?どっちに行けばいいの?

”Domestic”? なにそれ。私、どうしたら良い?

手荷物検査の人、なんか言ってる。怒ってる。

これはただ、ホームステイ先へのお土産のお菓子。おーかーし。英語で言わないといけない?

わからなーーーーーーい!!! どうしよーーーーーう!!!!

シドニーでのワーキングホリデーは、どん底からはじまったのでした。

おわりに

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

英語が好き!だけで飛び込んだ海外。

私の英語が、どれだけひどいものから始まったか、察していただけたでしょうか。

この英語力ゼロの状態から、外国人が多く集まる都内の病院で、外国人患者さんのケアを任されるようになるまでの道のりやその後も、随時アップしていきたいと思っています。

ワーキングホリデー中のエピソードや英語学習法、帰国後に英語力をキープする方法などもご紹介したいので、また読んでいただけたらうれしいです。